離婚する父親の8割が親権を失う

離婚する父親の8割が親権を失うマネー事情
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)

未成年の子供がいる夫婦が離婚する際に、一番問題になるのは当然、子供のことです。夫婦が離婚する際は、どちらが子供を引き取るのかを決め、その結論を離婚届に記入しなければなりません。2012年の民法改正で、未成年の子を持つ両親が離婚する場合は、離婚後に親子の面会交流をどうするのか、子供の監護に要する費用、いわゆる養育費をどのように分担するのかを取り決めることが明文化されました。

■父親には厳しい現実

離婚届にはどちらが親権者かを記入する

本来は、子供を夫が育てた場合、妻が育てた場合、それぞれをシミュレーションし、どちらが親権者にふさわしいのかじっくり比較検討するのが理想的です。数字を使って客観性のある「可視化」をしないと、離婚する夫婦は互いにいがみ合い、憎しみ合い、罵り合っていることが多いので、いっこうに落としどころが見つからないからです。

ただ、現実的には男性には厳しい統計があります。1998年とちょっと古いですが、厚生労働省の「母子家庭に関する調査」を見ると、「妻がすべての子供の親権を行う」が79.2%なのに対し、「夫がすべての子供の親権を行う」は16.5%となっています。父親の8割が子供と離れ離れに生活することになるのです。その背景にはいくつかの理由があります。

■「子供は母親と」が浸透

まず、子供自身がそれまで一緒に過ごした時間が長い母親と暮らすことを選ぶケースが多いこと、また、母親が親権を持つことがあまりに一般化し、「そういうものだ」という社会通念のようなものが浸透しているということが挙げられます。

離婚前まで子育ての大半を母親が担ってきたとしたら、父親の育児経験は乏しく、休日に子供の面倒をみるのも一苦労です。子供がもう少し大きければ、話は違うのかというと、必ずしもそうではありません。

子供がある程度の年齢に達すると、親権を決めるに当たっては、「父親と母親、どちらが適任か」ではなく「あなたは父親と母親のどちらと暮らしたいか」というように子供の気持ちが優先されます。父親が会社員、母親が専業主婦という家庭では、子供はほとんどの時間を母親と一緒に過ごしているので、やはり、母親を選ぶことが圧倒的に多いのです。

これらの事情ほかに、生活費の問題もあります。

■母親からの養育費は期待できず

厚生労働省の「11年度全国母子家庭世帯調査」によると、父子世帯の平均年間就労収入は360万円です。離婚後にひとり親世帯になると、働いて得る収入のほかに、児童扶養手当と離婚した配偶者からの養育費を収入として見込むことができます。ところが、フルタイムで働いている比率が高い男性の年収ですと、所得制限を超えて児童扶養手当をもらえないケースが多くなります。さらに、元妻からの「養育費を現在も受給している」という比率は、同調査によるとわずか4%です。

本来、非親権者は親権者に対し、子供の養育費を支払わなければなりません。しかし、離婚前まで専業主婦やパートだった妻が離婚後、すぐにまとまった収入を得ることは難しく、自分の生活費をまかなうのが精いっぱいという人が大半です。実際、私自身が過去に受けた相談の中でも、母親から養育費をもらっている、もしくはもらう約束をしたというケースは、わずか数件しかありませんでした。実感としては4%よりも低い印象です。

■保育料が重い負担に

離婚後、父親が子供を引き取っても、フルタイムで仕事をしているので、子供が6歳以下の場合は保育園、6歳以上の場合は学童保育や民間の保育施設に預けなければなりません。保育料は定時に仕事が終わったとしても、少なくとも月5万円はかかります。残業で夜の7時、8時となると月10万円を超えることも多く、その金額を毎月の給料から捻出するのは容易ではありません。

年間支出を「生活費221万円(総務省の「家計調査」)+家賃96万円+基本保育料など60万円」とすると、総額は最低でも約380万円となり、父子世帯の平均年収360万円を超えてしまいます。

一方、母親が子供を引き取った場合、母親自身が働いて得る収入は父親よりも少ない可能性が高いのですが、児童扶養手当や父親からの養育費を見込めます。母子世帯の平均年間就労収入である年間181万円に、父親からの養育費(平均で年間48万円)や児童扶養手当(最大で年間48万円)を加えると、収入は277万円になります。

■女性は実家が大きな助けに

もちろん、この収入から家賃や保育料などを支払おうとしたらかなり厳しくなります。ただ先ほどの平均年間就労収入181万円という数字が物語るように、子供を持つ女性はパートやアルバイトなどの非正規雇用比率が高く、離婚を機に実家の近くに職を得て自分の親に昼間は子供の面倒を見てもらったとしても、収入が大きく落ち込むことはまれです。もし実家に住むという選択をすれば、家賃や食費などの負担も軽くなります。その点、正規雇用者が多く、そう簡単に職場を移れない父親に比べて柔軟に対応できる可能性が高いのです。

私のところに相談に来る人は、自分でもインターネット、書籍、役所の無料相談などを通じて離婚についてある程度の知識を得ている方が多いので、「親権の8割は母親」という数字は皆さんよく知っています。ですので、夫婦間で話し合う前の段階で、すでに親権をあきらめてしまっている父親が多いのは事実です。

「子供を引き取りたい」という一言すら発しないケースも珍しくなく、最初から「親権は母親」といきなり養育費の話を始める男性もいます。私が思うに、このようなことも「親権は母親」という傾向に拍車をかける一因になっているようです。

■子供のために最善の選択を

もし父親が子供を引き取るのでしたら、あらかじめ関係各所に根回しをしたほうがいいでしょう。具体的には、実家に協力を仰いで平日の昼間に子供の面倒を見てもらうようにする、職場に対してなるべく残業がない勤務を希望する、休日シフトなら平日シフトにしてもらうなどです。

もちろん、結婚していても離婚後も、「子はかすがい」です。親権者や養育費、面会などの条件を決める際には、母親が親権を持つことになっても、父親が持つことになっても、夫や妻への私情は取り払って、「子供のため」という考えで養育費や面会について決めてもらいたいと思います。

(「マネー」配信記事)

2016年1月20日